【ブログVol.105】危機から脱出するか - それとも、まともに嵌まる?

Teva社は、イスラエル生まれの今や売上高数十億ドルの多国籍の製薬会社になりましたが、今もイスラエル人には親しみを感じる存在です。2年前、同社の時価総額は650億ドルでした。ところが、現在は190億ドルまで下げて、もう今は昔になりそうです。

このTevaの話しは、私たち皆の教訓になるかわいそうな話です。それは、経営トップの問題行動、彼ら個人の恐怖とそれに一体の権力欲、そして、従業員の生活を犠牲に、いかに賭けにのめり込んだかの現れです。

Tevaの重大な問題は、明確な期限付きの大成功が始まりです。利益に一番大きく貢献した先発医薬品(新薬)の特許が切れかけていました(訳注:多発性硬化症治療薬コパキソン)。それは収益の急激な低下を意味するので、高額なボーナスを当たり前にしていた人々には非常に恐ろしいことです。もう一つ経営幹部の脅威は、敵対的買収の可能性でした。それに対する「治療薬」は、余剰のキャッシュを小さく抑え、多数の企業をどんどん買収して会社を大きくすることだったのです。

Teva社は、期限切れの新薬の特許を活用する後発医薬品(ジェネリック)事業を主なビジネスにしています。そういう企業が業績を伸ばすには、特許切れが近い新薬に代わる優れた後発医薬品を最初に発見して、当該新薬の開発企業は例外として、最初の後発医薬品に与えられる6ヶ月間の独占販売権を獲得するのを第一に、非常に機敏な動きができないといけません。(訳注:そうすると、認可が下りて後6ヶ月間は、その後発メーカーの競争相手は、当該新薬のメーカーだけになる) 次に有望な競争優位の領域は、あまり多く売れ残りを抱えず、しかも欠品もない、真に卓越したサプライチェーンのコントロールです。

熾烈な競争の中、ジェネリック医薬品事業では、成功した少数の新薬から得られる潜在的に「楽な儲け」に比べたら採算性が低いのは我慢するしかありません。したがって、製品の円滑な流れを後ろ盾にした大量販売を必要とします。顧客のロイヤルティーが非常に低く、低価格が重要な制限因子になる分野なので、新しいジェネリック医薬品とサプライチェーンの双方で研究開発に卓越したマネジメントが求められるのは、経営陣にとって継続的な重荷になります。そのような企業が安定した業績を確実に維持するには、優秀な中堅マネージャーの確保が必須です。

Tevaの悲劇は、時限爆弾のプレッシャーと乗っ取りへの恐怖で、経営陣が集団ヒステリーに陥ったことでした。大幅に価値が高い次の新薬の開発に失敗したということは、ジェネリック医薬品市場だけで生きる会社に戻るということでした。かつては非常に小さな会社だったが、当時そこは他社より強かった市場です。かつて同社はジェネリック医薬品事業で本当に素晴らしい業績を挙げていたのです。

どういうわけか、Tevaの経営陣は、同社のひとつの重要な新薬の特許が切れた後も優良な会社であり続けるには、大きな競争相手を買収して、世界最大のジェネリック医薬品メーカーになればよいと思い込んでいたようです。最大と言っても、シェアは全世界のジェネリック医薬品ビジネスの高々1桁の%にすぎません。

大きな競争相手を買って威勢を見せつけて、世界最大の会社になり、乗っ取りに対して抵抗力の強い企業にならなければというプレッシャーで、立て続けに非常に拙い意思決定を重ねました。1つは、とにかくたった25億ドルでメキシコの製薬会社を買ってみて、案の定、会社は空っぽで、価値は実質ゼロだと知ったことです。次に、Tevaの取締役会は、ジェネリック医薬品の同業大手Allergan社のジェネリック医薬品事業を400億ドルで買収することにしました。Tevaは、このAllerganからの買収で、ジェネリック医薬品市場でシェア8%の世界最大のメーカーになりました。しかし、この買収で約350億ドルの借金を抱え込んだのです。

これは経営者として絶対やってはいけない博打です

ただ単に、市場はTevaの望むとおりに振る舞うだろうという、甘い期待にTevaの未来を賭けただけなのです。

市場で実際起きたTevaの地位失墜事件は、皮肉なことです。ジェネリック医薬品の最大のサプライヤーになる理由の1つは、高い価格の決定権を握れることです。ところが、米国の医薬品の購入者の多くは、安値で医薬品を買う大きな組織を作り上げるのに協力してきたのです。これを要約した洞察: 大手はビジネス領域全体にルールを強制できるというアイデアには、実は両サイド公平にチャンスがある! (訳注:売り手と買い手の双方)

会社が、経営者のイメージをアップし、敵対的買収の危険性を遠ざけた上に、競争相手を買収しようとするには、共通の狙いが2つあります:

  1. 市場でより高い価格の決定権を握れる強い地位を​​獲得する。
  2. 余剰人員の削減でコストを削減できる。 (訳注:重複部分のカットなど)

しかし、起き得る悪い副作用がいくつかあります:

  1. 異なる2つの組織の業務を統合すると、これまで両社が経験したことのない問題が起きる。たとえば、2つの異なる文化、経営方針、中間レベルの管理慣行の衝突、言語障壁と余りに多すぎる未知による従業員の士気低下といったもの。

【注意】累積的なサプライチェーンのパフォーマンスに及ぶ可能性が高い悪影響に要注意。

  1. 部下の数を含めて責任範囲が大きくなった重役や幹部マネージャーの中には負担が非常に大きく増加する者が出る。負担の増加で、マネージャー個々人のキャパと能力を超える負荷がかかるかもしれない。その結果、マネージャーの注意力(マネージメント・アテンション)の制約が表面化して、一定レベルの混乱状態(カオス)を引き起こす可能性がある。
  2. そういう組織は資金繰り(キャッシュフロー)が制約になる。非TOCのマネージャーには分からないかもしれないが、TOCの世界に居る人々には、その影響を理解できる。以前Ravi Gilani氏と私で共同投稿した資金制約に関する記事「厳しい資金繰りからの脱出」を参照。この新しい制約の出現は、次の2つの状況で起こり得る。
    1. 手持ちの現金(フリー・キャッシュ)と融資限度枠の一部を買収資金に充てて使ってしまう。
    2. たぶん将来の利益で返せると思って、大きな融資を得て買収資金に充てる。もし債務の返済が困難になれば、まさに会社の存続自体が危うくなる。 

この潜在的に否定的な結果の対処に注意を払わず、全会一致でそんな明らかな重大なリスクを犯す決定をして、かつて大成功した会社​​の地位を失墜させました。TOCの世界に居る私たちは、その行動の感情的な原因を学んで、チャンスがあるのに無謀な行動をしないようにするには、どうすべきか考えなければいけません。

ここまで、大きな組織がどうやって苦境に陥る道を選んだか簡単に学びました。次は、会社が苦境から脱出しようとして嵌まる罠はどんなものか分析しましょう。

普通のパラダイムは: 資金難を抱えた組織は、規模を縮小する必要がある。つまり、事業の一部を売却するか、大規模な「効率向上」を実行するということであり、人員削減、一部施設の閉鎖、安い場所への移転が中心になります。ですので、それらに共通する焦点は、売上増大ではなくコスト削減です!

しかし、買収で苦境に陥ることになった同じ会社を売るという有望な代替案も、Tevaにはもっての外です。仮に、ジェネリック医薬品市場の厳しい市場環境にもかかわらず、Allegan社の元のオーナーが150億ドル出して会社を買い戻す気があるとしましょう。Tevaの経営陣には、そんな無様な話しは耐え難いでしょう。Tevaが350億ドルの融資全額返さないといけない事実に変わりありません。しかも、Allerganが150億ドルに見合う十分な利益を生まなくても、彼らはとにかくその額を払わないといけないのです。そんな対案を果たして考えたでしょうか???

ですから、受入れ可能と思われる解決策は、もっと効率的で、できればTevaが生き延びるに必要な融資の額を超える、十分なキャッシュが得られる案です。

ここで重要な前提条件は、Tevaのオペレーションには非効率なところが沢山あるだろうということです。私の言う非効率は、収入を減らさず削減できるコストがあるということです。ですから、生み出す収益よりコストの方が大きくて止める業務や部門も出るかもしれません。でも私はそういうケースは少ないと思っています。

1万4千人(メディアに出ている数字)の人員削減によるコスト削減の計算は比較的簡単です。しかし、それによる収益への真の貢献を正しく見積もるのは容易ではないのです。案の定、Teva存続のための今現在の取り組みに関して漏れ出る数字は、どれも経費節減の数字で収益については何もありません。

それについて考えてみましょう。投資の善し悪しを評価するには、収益の増加を見積もるのは必須です。そうしないで、人員を削減すると決めたなら、収入は現状と変わらないレベルだと仮定した事になります。大幅な需要の減少で人員を削減したのなら、丁度減少分の需要の提供に要すだけコストを節約できたら理想です。そもそも間違った仮定ですが、Tevaの場合は状況が違うので、その仮定は無効です。全世界でのジェネリック医薬品の消費量はたぶん落ちないし、落ちても大したことはないに違いありません。実は、値下げ圧力が高まっているのです。だから、量的需要はほぼ同じでもTevaの収入は減ります。大量解雇でTevaの手持ちのキャパが小さくなれば、収入はもっと大きく落ちます。コストの削減と収入の減少の差は幾らですか? それで融資の返済に十分なキャッシュが得られますか?

TOCの世界では、皆次の洞察を熟知しているはずです:

卓越した業務オペレーション(オペレーショナル・エクセレンス)には、キャパシティの余力が絶対必要だ

競争優位を生む機敏さを失わないために必要な余剰キャパシティの大きさは、容易に決められません。そこでTOCでは、バッファ管理を通じて、今の状況がほぼ正常なのか否かのシグナルを得る方法を使用しています。これより優れた方法は他に無いと私は思います。

人員削減は余剰のキャパシティを削いで、新たなボトルネックの発生を許し、市場への反応性を低下させます。地代の高い場所から安い場所に生産拠点を移すよくある行為は、特に製薬分野では、相当な時間と費用を要します。しかし、長期的に本当の重要な問題は、その安価な工場が、サプライチェーンに求められる機敏性の基準を維持しつつ、閉鎖した工場の生産量も含めた必要量をすべて生産できるかどうかです。その答えが「No」、または、キャパの追加には相当大きな計画外の投資が必要かもしれない場合は、将来のビジネスに潜むリスクは相当大きなものになります。

もう一つ悲惨なのは、サプラ​​イチェーン全体を通した商品の流れをコントロールするに必要な高い水準の中間管理者を確保しておく能力です。人員の削減で、専門性の高い中間管理者を相当多く失うことになります。残った中間層のマネージャーは、どうやって自分のやるべきことに秀でようと頑張る気になるのでしょう? 職を失わないことへの感謝として、もっと頑張ろうとするでしょうか? それとも、その経験から、Tevaの経営への信頼を無くして、積極的にどこか他に目を向けることを学ぶのでしょうか?

人をx%削減する代わりに、全従業員に対して、人員削減を回避するために一時給与をカットするが、損益が一定に達したら、自動的に元の給与に戻すと約束する方がよいのではないでしょうか。それには悪い副作用(NBr:ネガティブ・ブランチ)もありますが、ほとんどの場合、それらはうまく対処可能なものです。その良い面は、組織のキャパシティと能力をそのまま残せて、競争力を獲得するために使えることです。

スループットの経済学には、競争相手の買収や大規模な人員削減のような行動の最終損益への影響を評価する優れたツールがあります。TOCで行っているスループット(T)と業務費用(OE:Operating-Expenses)の区別は、損益への正味の影響を評価する際に何を考慮すべきか明確にするのを容易にします。

経営難の企業は皆、いずれは売上を増やさないといけません。ジェネリック医薬品市場では、それはつまり、どの競合よりもサプライチェーンの運営に卓越しているということです。そうすれば、どの競合よりも在庫を低く抑えながら、チェーン内すべてで完璧なアベイラビリティを提供できて、市場で本物の競争優位を獲得できます。それにより、有利なVMI契約(Vendor Managed Inventory)を結べる道が開かれます。さらに、予め定めた特定の場所では、おそらく薬局ネットワークの一部を含めて、病院や他の医療機関の医薬品在庫全体の管理を任せられる可能さえ出てきます。これは、ひょっとしたらTevaにとって実現可能なビジョンかもしれないし、TOCにはそれを達成するためのツールがあります。


著者:エリ・シュラーゲンハイム
飽くなき挑戦心こそが私の人生をより興味深いものにしてくれます。私は組織が不確実性を無視しているのを見ると心配でたまりませんし、またそのようなリーダーに盲目的に従っている人々を理解することができません。

70歳にもなってブログを書く理由
自己紹介

この記事の原文: Going out of trouble – or running directly into it?

全ての記事: http://japan-toc-association.org/blog/