【ブログVol.63】経営の科学と芸術、理論と実践

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経営者たちには根本に理論の軽視があります。経営は実践に他ならず、厳しい状況に直面したら理論は助けにならないというのが、彼らの一般的な見方です。経営における芸術とは、他人に見えないものが見えることです。理論は、誰でも学べますが、他人より遠くを見通せる並外れた力を得る助けにはなりません。

えっ、そうなんですか?

科学は正当性が証明された理論にほぼ等しい。絶対確実とは言えませんが、我々は十分分かっていて、重大な間違いを犯している可能性は極めて低いということです。

しかし、確実性の代わりにやや不確かな「正当性」を主張するにしても、ちゃんと筋の通った論拠が必要です。社会科学では、正当性を主張するには、少なくとも95%は信頼できる統計モデルの裏付けが必要です。最近は99%の信頼性が求められるのが普通です。しかし、社会科学では論理的な議論は「関心」の対象ですらありません。厳密科学では、たとえ十分でなくても論理が重要です。論理的な主張は理論的な仮説でもありますが、科学では、その仮説に基づいて新しい結果を予測して、注意深く設計した試験をする、またはその結果を実際に発見する、どちらかで予測した結果の存在を証明することが求められます。

ゴールドラット博士は、上記の論理構造を「結果 – 原因 – 結果」の関係と呼んで、論理的に意味のある結果を特定するプロセスを表現しました。そのプロセスでは、観測した結果の論理的な説明(原因)を考えて、その原因が本当に観測した結果を引き起すなら、その同じ原因から別の結果が生じなければならない、もしその第2の結果が本当に発見されたとすれば、元になった仮説に格別な正当性を与える証拠になる、という演繹的な推論をします。

物理学では、ちゃんと筋の通った論理的推論に基づくものなら、未実証の理論でも、正しいか間違っていると証明されるまでは、オープンに広く受け入れられます。

科学と経営には根源的な行動の対立があります。経営者には正当性の証明を待つ余地はありません。直ちに結論を下さないといけない意思決定もあります。それほど行動指向的なので、経営は科学であるわけにはいかないのです。

しかし、経営者が科学的なツールや理論を使うメリットがないというのではありません。ただ使うアプリケーションは、時間のプレッシャーを考えないといけないだけです。時間のプレッシャーがある中で意思決定をするには、その人は状況を単純化できないといけないし、それを裏付ける因果関係ロジックの助けがないと駄目です。それが「理論」が経営者に与え得るものです。 99%いや95%でも正当性を求めるのは、組織の寿命を考えると非現実的です。重大な問題は、選択した決定や行動の背後の仮説が、別の選択を支持する他の仮説よりも正当性が高いのかどうかです。もう一つの問題は、経営者が間違ったアクションを選択した場合の損害の大きさです。科学の最大の損害は間違った理論を認めることなので、後者の問題は科学のものではありません。損害は経営環境の方がはるかに具体的です。

物理学への不確定性原理の導入は、そもそも厳密な因果関係ロジックで曖昧な自然の知識を扱えるのかという、多くの抵抗と疑念を生じました。今日では、これは厳密科学の中では完全に受け入れられ理解されています。私が思うに、TOCにおいては、これまでずっと因果関係ロジックにもともと内在する曖昧さに我々は無頓着でした。それは、因果関係ロジックを使うなという意味ではありません。それどころか極めて大きな価値をもたらすのですが、その限界を知っておく必要があるということです。

経営の実体はどんな理論ともまったく違うと経営者が言うときは、彼らの仕事への不確実性の影響を間接的に指しているのです。変動か知識の欠如かどちらが原因かは別にして、情報が不完全であることである一定の生き方を強いられるのです。つまり、「ノイズ」を大きく超えた影響を及ぼす因果関係にフォーカスしないといけなくなります。ここでいう「ノイズ」は、どれが実際起きるか予測できない結果の範囲です。我々は、そのノイズを超えた大きさの影響なら、ある程度の確度でどれが起きるか論理的に推定できます。 たとえば、能力制約リソース(CCR:Capacity Constraints Resource)のキャパシティが不足しているといった、非常にクリティカルな問題にフォーカスすることは、元は物理学に触発されたTOCの重要な洞察ですが、経営においてはもっとずっと重要です。つまり、重大な影響を及ぼすものにフォーカスして、小さく副次的な影響しかないものは常に無視しておけば、小さな下降と大きな上昇を繰返しつつ、ほぼ望ましい軌道を維持できるという考え方です。(訳注:「アンチフラジャイル:Antifragile」)

時系列のデータが不備な場合が多く、良い統計的サンプルがないときに、既知の統計モデルを経営判断に用いるのは一番大きな間違いです。しかし、確率論の基礎的ロジックを知っておくと、損失より利益の方が遥かに大きい方向に経営努力を向けるのに大きく役立ちます。

私が思うには、TOCは経営を科学にはしません。しかし、厳密科学のアプローチを用いることは、上手に現実に適合して、不確実性にうまく対処し、経験、特に失敗から上手に学ぶという、どのマネージャーにも必要な能力を強化するには極めて重要です。


著者:エリ・シュラーゲンハイム
飽くなき挑戦心こそが私の人生をより興味深いものにしてくれます。私は組織が不確実性を無視しているのを見ると心配でたまりませんし、またそのようなリーダーに盲目的に従っている人々を理解することができません。

この記事の原文: Management between Science and Art and between Theory and Practice

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