【ブログVol.93】そもそも、組織経営という人文科学の分野で、何故、ゴールドラット博士が真の天才になれたのか?

2017年6月13日
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BANGKOK - JAN 29: A waxwork of Albert Einstein on display at Madame Tussauds on January 29 2016 in Bangkok Thailand. Madame Tussauds' newest branch hosts waxworks of numerous stars and celebrities

優秀な人はたくさんいます。それに対して、実務ができる指導者はごく少数で、ほとんどは優秀で頭脳明晰ではありませんが、ゴールを達成するとなればカリスマ的で有能です。有能な指導者は、自分の選んだゴールの達成を優秀な人々が助けたくなるように、うまく取り計らいます。

天才はまた別です。その人は、ずっと先の将来まで見通して、人類により良い新たな世界をもたらす、既存の考え方や慣習に必要な変化を示す人物です。その遠くまで見通した広いビジョンは、考え方の変化は問わない一過性のソリューションしか探そうとしない普通に優秀な人々と真の天才を分ける特質です。

芸術では、芸術の世界を劇的に変えた数多くの真の天才がいます。ある特定の芸術家が現れた前後での芸術界の状況の違いを見ればハッキリ分かります。芸術の世界を変えた数少ない人物として、ベートーヴェン、ヴァン・ゴッホ、ピカソ、ホーマー、シェイクスピア、ベケットの名前だけ挙げておきます。コペルニクス、ニュートン、パストゥール、アインシュタインのように、古いパラダイムを崩して、まったく新しい考え方を出した数少ない科学者たちのことは、皆さんはもちろんご存知ですよね。

しかし、真の変化を起こすには、ただ天才というだけでは不十分です。それに、それを実際実現するには、1人以上のオピニオンリーダーがいないといけません。芸術なら、誰か寛大で非常に影響力のある評論家が、芸術に新しい方法を取り入れる価値を世界に訴えて納得させる必要があります。学会なら、現在の考え方に異論を唱えてインパクトを与えるのを許してくれる、寛大な心の持ち主の学会誌編集者が必要です。これまでの典型的な天才は、同時代の聡明な人々でもイメージを描くのが簡単でないほど遠くを見通しています。ひょっとしたら、その変化と影響の大きさが広く認知されるまでのプロセスは非常に遅いのかもしれません。

私が思うには、ゴールドラット博士は経営の分野では真の天才でした。彼は、複雑で不確実な世界市場の現状を完璧に理解していて、既存の数学、統計学、心理学のツールでは能力が足りず、許容可能なレベルのコントロールを維持する困難を解消でないと知っていました。問題は、技術革新のスピードの加速で、特にビックデータや通信では、複雑性と不確実性の増大があまり早くなり過ぎて、「コントロールできている」という感覚が夢のように思えることです

天才ゴールドラットは、ほど良くコントロールできている状態にするだけでなく、ほど良く安定した成長をするにはどうすればよいか分かる、重要な洞察をいくつか発見しました。

実はいつか必要な能力もそうなんですが、彼はキャパシティを余分に確保しておく絶対的必要性を世界中に訴えました。彼は、もっと多く達成しようとするのを妨げている現在最も弱い環(最も弱いところ)をまず特定するよう世界に訴えてくれたのです。彼は、組織が安定して行動できるに絶対欠かせない本質的なシンプルさを追求しました。そして、すべての計画にどういうバッファを含めるべきなのか、それらのバッファの状態を用いて正しい優先順位を決めるにはどうすればよいかを明らかにしました。 その他の多くを含めて、これら知見(洞察)はすべて、ゴールドラット博士がマネージャーと経営幹部の心に浸透させようと遺したものの一部です。

マネージャーも経営者も、芸術家や科学者に比べてせっかちな人々です。バッハによる音楽の革命や量子論の影響を完全に理解するのに世界は何年も費やしました。でもマネージャーはすぐ答えを欲しがる。しかし、予期しない不確かな影響を及ぼし、マネージャー自身の考え方に疑問を投げかけるような、恐ろしい知見(洞察)は、短期間に理解して納得するのは難しいのです。ゴールドラット博士が「ただの天才」だったら、彼の洞察を実践に移すのは不可能だったでしょう。

新しい挑発的な考え方を普及させるには、ゴールドラット博士自身が指導者になるしかありませんでした。それがマネージャーの考え方を変えさせる必要条件だったのです。

指導者には、同じ目的を信じ、一人の人間のリーダーシップを喜んで受け入れてくれる信望者が居ないといけません。その意味で大半の天才は指導者ではありません。彼らは自分の偉大さを認めない世間を軽蔑する一匹オオカミです。他人を愚か者と思うのは、優秀な人や間違いない天才には標準的な特徴ですが、その侮辱は新たなメッセージを広めるには障害になります。

彼以外の天才と同様、ゴールドラット博士も皆愚かだと思っていましたが、誰かにバカだと言えば、本のちょっとの間多少いい気分になるだけで、良い結果にはならないと分かっていました。だから、有能な指導者になるべく、ゴールドラット博士は、比較的能力の高い人々を見つけて、自分の仲間になるよう説得しなければならなかったのです。

いい人材を集めるというこのミッションは、博士が彼らの知力を心底は認めていなくても、相当な能力がある人々のキャパシティが制約になっては意味がないので、TOCのミッションの一部なのです。マネージャーの考え方を変えるというゴールの達成を妨げる制約は、ゴールドラット博士自身のキャパシティでした。その障害を克服するには、ゴールドラット博士は、あまりに頭脳明晰で自分以外は皆頭の回転が悪く見えてしまう、自分自身の根本の性質と戦わなければならなかったのです。

ゴールドラット博士は、彼のビジョンを達成するのを助けくれる本当に優れた様々な人々を集めるのに成功しました。しかも、彼と親しく仕事をしなくても、自ら進んで彼の考え方を実践し、それを言葉にして他の人々に広める努力をしてくれる人々を、もっと多く惹きつけました。それ以外の人々は、ひたすらその洞察をインプリメントすることに一生懸命でした。ゴールドラット博士の哲学はシンプルさがベースですが、それを簡単に理解またはインプリメントできるということではないので、途中で新たな課題がたくさん露出しました。

ゴールドラット博士が亡くなって6年経ちました。2017年、TOCは組織の経営法として広く認めらましたか? 私にはそう見えない。私にとって新しい実用的な経営理論の誕生を記した5段階集中プロセス(five-focusing steps)から30年以上経って、世界中でTOCをインプリメントしている人々は何千人です。何千人ですよ、何百万人ではありません! 結局、ゴールドラット博士は、どちらかと言えば、有能な指導者よりむしろ天才だったのです。

それは私たちに何を教えてくれるのでしょう? ゴールドラット博士の考え方は、組織経営に広く使われているはずだったが、目下のところそうなっていません。つまり、組織は、現在入手可能な最善の知識に準じた経営をしていないのです。

その知識を広く普及させ実践してもらうには、私たちはいったい何をすべきか?

TOCは、まだ完成には程遠いし、無視されたままの価値があまりに多い。新しい指導者が現れるのを待ちますか? その指導者は同時に天才でないといけませんか、それとも、知識体系をさらに進歩させる他の誰かの話しに耳を傾けながら、それを広める最も効果的な方法を探す、ただの有能な指導者でないといけませんか? 多くの疑問が未回答のまま残っており、ゴールドラット博士のアイデアの大半が失われる危険性が高いのは明白です。組織の業績をうまくコントロールできない問題は、世界経済にとってより大きな脅威です。複雑性と不確実性を両方同時に対処するという挑戦から逃げれば、状況はさらに悪化します。

私は、皆でその知識をどんどん広く深く普及する方法を見つけたいと願っています。私個人の意見としては、その手掛かりは、一人の指導者の出現を待つことではなく、皆のコラボレーションにあると思っています。 私は、私と一緒にやりたいという人と喜んで協力する覚悟があります。

 


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リーダーとそれに従う者


著者: エリ・シュラーゲンハイム
飽くなき挑戦心こそが私の人生をより興味深いものにしてくれます。私は組織が不確実性を無視しているのを見ると心配でたまりませんし、またそのようなリーダーに盲目的に従っている人々を理解することができません。

この記事の原文: What makes Eli Goldratt a true GENIUS in the art-and-science of managing an organization?

全ての記事: http://japan-toc-association.org/blog/

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