どんなシステムであれ、常にごく少数の要素または因子によって 全体のパフォーマンスが制限されている
TOCの基本的な仮定
TOC(Theory Of Constraints:「制約理論」または「制約条件の理論」)は、「どんなシステムであれ、常に、ごく少数(たぶん唯一)の要素または因子によって、そのパフォーマンスが制限されている」という仮定から出発した包括的な経営改善の哲学であり手法です。
ここでいうシステムは、通常、工場や部門、会社、団体、行政機関といった組織を指しますが、サプライチェーン、地域、コミュニティといった単なるひとつの組織でないもの、あるいは家族など個人の集まりを指すこともあります。
そして、パフォーマンスを制限するものは、システムの制約または制約条件と呼ばれ、TOCの名前の由来になっています。
この仮定からまず読み取れるのは、「制約にフォーカスして問題解決を行えば、小さな変化と小さな努力で、短時間のうちに、著しい成果が得られる」という主張です。つまり、冒頭の仮定により、システムのパフォーマンスを決めている、ごく限られた箇所を改善または強化すれば、システム全体としてのパフォーマンスの向上に直接寄与するからです。
その意味で、TOCでは、しばしば、制約を肯定的にレバレッジポイントと呼びます。
制約と非制約の区別
TOCが他の経営や改善の手法と決定的に異なる点は、正に制約とそれ以外(非制約)の区別であり、「この区別を欠いた如何なる努力も決して実を結ばない」というのが、TOCの最も重要なメッセージです。TOCの提唱者である故ゴールドラット博士は、その著書The Haystack Syndrome(日本語版「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」ダイヤモンド社)の中で、制約と非制約の区別を欠いた意思決定が、組織全体に如何に大きなダメージを与えるかについて、製品Pと製品Qという2つの製品しか製造/販売していないシンプルな会社をモデルにした思考実験とクイズを用いて、具体的かつ懇切丁寧に解説しています。
また、もうひとつ注意しないといけないのは、制約が新しいところに移ると、システムはそれまでと全く別ものになることです。そのときは、以前の制約と非制約を前提にした方針やプロセスをすべて見直さねばなりません。さもないと「古い方針そのものが制約になる」のです。ですから、制約が今どこにあるかは、常に意識していないといけません。たとえば、生産能力が改善して、市場の消費が制約になっても、工場の生産能力を改善し続けたらどうなるでしょう?
このことは、TOCの「継続的改善プロセス(POOGI:Process of Ongoing Improvement)」の基本的なフレームワークである「5段階集中プロセス(5Focusing Steps)」と「思考プロセス(TP:Thinking Process)」が、「制約の特定(または選択)」あるいは「何を変えるか?」を最初のステップに位置づけ、繰り返しそこに立ち返えるところに明確に表現されています。
システム思考
実は、組織を個々バラバラで独立した要素の集団と考える観点からは、そもそも制約と非制約を区別するというコンセプトは生まれてきません。したがって、組織というものを「相互に依存し合う要素からなる一体のシステム」と捉えることがTOCの本質です。そういう視点を「システム思考」または「システムアプローチ」と呼びます。 そのシステムは、自身と外界を隔てる境界を持ち、それ自身の目的があります。そして、その境界を通して外部と常に影響を及ぼし合います。また、システムが何であるかは、その境界を定めてはじめて決まります。TOCのコンセプトと方法論はどれも、組織など私たち人間の作るシステムをそういう有機的なシステムと捉えるところから始まります。
ゴールドラット博士は、制約の概念と役割を直感的で分かりやすく説明するために、著書The Goal(日本語版「ザ・ゴール」 ダイヤモンド社)とThe Haystack Syndrome(日本語版「ゴールドラット博士のコストに縛られるな!」 ダイヤモンド社)の中で、ひとつのシステムを一本の鎖(または、複数本の鎖がネット状に結合した格子)に喩えました。鎖を構成する輪(リンク)は、組織の構成要素(人、設備、部門や工場、サプライヤー...)と成果物(製品やサービス)です。その中には、それらの活動や関係を制限または促進する方針や規範あるいは慣例といった無形の因子も含まれます。
どんな組織も何か目的を果たすために存在し、そこに属す人々は皆その目的を達成するためにそこに居ます。そして、その目的の達成に向かって有機的に繋がった役割や機能を担う部門と人が、互いに他の活動や成果に依存しながら自身の成果を生み出して、その成果を再び他の部門または人に渡していって、最終的に組織としての成果に結実します。TOCはまさにそういうごく当たり前の現実を前提としているのです。
コストワールドとスループットワールド
直ぐには理解できないかもしれませんが、制約と非制約を区別するということは、輪と輪の繋がりによる相互依存を重視することであり、「鎖の価値を強度で測る」ことです。それに対して、制約と非制約の区別を無視あるいは認めないことは、輪と輪の間の相互依存を無視することであり、「鎖の価値を重量で測る」ことです。システム全体としての改善を考えるとき、この違いは決定的になります。多くの場合、一方で是とすることが他方では否となるからです。その逆も然りです。
重さ(軽さ)を鎖の価値と考える世界では、どの輪を重く(軽く)しても、システムとしてのパフォーマンスが改善します。重量は足し算が成り立つ量なので、大小はともかく、どこを改善しようが、その分全体に寄与するのです。ですから、部分の生産性を追求することに価値があります。つまり、どの輪も等しく重要で、どれかにフォーカスすることに意味はありません。そういう世界観を「コストワールド」と呼びます。
しかし、強度を鎖の価値と考える世界では、一番弱い輪の負担を一部肩代わりしたり軽減するものでない限り、制約以外を改善してもシステム全体の改善・強化には寄与しません。つまり、どこにフォーカスして改善するかが重要なのです。そういう世界観を「スループットワールド」と呼びます。
既に述べたように、システムである組織がその目的を果たすには、直接的か間接的かに依らず、そこに属す人や部門の活動と成果は、組織の目的の達成に向かって有機的に繋がって同期していなければなりません。各々は単独では機能せず意味がありません。また、その繋がりには弱いところと強いところがあり、強さは皆同じではありません。どこかに一番弱いところがあって、全体のパフォーマンスはそこが決めています。上流からどんどん成果物を流されても、そんなに処理できない弱いところがあれば、その能力以上には下流に流れず、ただそこで詰るだけです。制約以外、つまり非制約は、必要以上に働いてはいけません。制約のペースに合わせないといけないのです。
こう考えてくると、組織のパフォーマンスを改善するには、鎖(チェーン)の一番弱いところを改善しないといけない事になります。どこもここもと言うのでは、組織としてのパフォーマンスは、改善するどころか、むしろ悪化して、リソースと時間を無駄に消耗することになります。つまり、重くて強度が小さい鎖になるのです。
TOCを一言で言うと:
ゴールドラット博士は、TOCについて次のように述べています。
「TOCを一言で言えというなら、それは「フォーカス」だ。 ここで、大事なのは、フォーカスするとは、何をすべきか決めると同時に、むしろ何をすべきでないか決めるということだ。 なぜなら、すべてにフォーカスするのは、どれにもフォーカスしないのと同じだからだ。」