【ブログVol.15】制約の簡単な歴史

2016年2月24日
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A chain and magnifying glass on white

「制約」の適切なTOCの定義は何かをめぐる最近の議論をみて、制約に対するゴールドラット博士の姿勢の発展的変化をクローズアップして、その歴史的事実を簡単に振り返ってみたくなりました。

制約理論(TOC:Theory of Constraints)以前の画期的な考え方は、ボトルネック非ボトルネックを区別することでした。ボトルネックの定義は、「リソースにかかる負荷がそのリソースの処理能力を超えている」という単純なものでした。ですから、ボトルネックと言えば常にリソースだったわけです。

それに代わる「制約」という言葉の定義は、「目指すゴールに比べてシステムが成せることを制限するものすべて」でした。これは「ボトルネック」という言葉の下記の3つの重大な限界に対する答えとして考え出されたものです。

1.どのリソースにも需要をすべて処理できる十分な能力があれば、ボトルネックは存在しないことになる。しかしシステムにはもっと多くの成果を出せる潜在力がある。そうすると、市場の需要を「制約」と見なすのは極めて価値が高いことになる(訳注:市場の需要を開拓すれば、現状のままで余剰能力をスループットに変え得るという理解が生まれること)。また、マネージャーは、納期内に約束したものを納入できないことは許されないと理解できる。

2.ボトルネックだからといって、必ずしも制約だとは限らない。もっと負荷の高いボトルネックが他にあるかもしれないからだ。

3.ボトルネックではないが、純粋な能力制約リソース(CCR:Capacity Constraint Resource)があるかもしれない。そういうリソースは、平均的に見たら空いた時間があるのだが、そうでないときには、そのCCRの前に非常に長い待ち行列ができて、取れたはずの需要をいくらか取りこぼすことがある。

この制約が組織のスループット(T)を制限するのは最初から分かっていました。ゴールドラット博士は、組織に必要以上に仕掛りを持たせる問題児を指して「在庫制約」という言葉まで遊び心で導入しました。後に彼はシンプルさを保つためにそれを撤回しています。

ちなみに、「制約」という言葉の真のパワーは、組織にはあまり多くの制約は存在し得ないという考え方を通して現れます。統計的変動と一体になった相互依存性が、ひとつのチェーンの中に相互作用する複数の制約の存在を許さないのです。後にこの理解から、カオス状態を起こすことなく、ただ一つの制約だけで生産現場をうまくコントロールできるという考えに至りました。博士は1989年に「The Haystack Syndrome」という本を出版し、複数の制約を扱うかなり複雑なアルゴリズムを提案しています。その考え方はすべて能力制約(Capacity constraints)を中心に展開されていました。それで、一本のチェーンには一番弱い環はただひとつしか存在しないという、鎖の比喩が広く一般に使われるようになったのです。そういうわけで、単に制約と言えば、普通はリソースのキャパシティ不足を意味するようになったのです。

最高品質の製品を製造できないといった技能・技術の不足は、制約とは見なされませんでした。なぜなら、技能・技術の不足は、統計的変動の影響を受け難いからです。

しかし、制約という言葉の定義の広がりが問題を生じさせました。制約はCEOの眉間にあるとよく言われたものです。そして、間違った方針、特に効率重視の方針は「方針制約」と呼ばれていました。つまり、組織は能力制約に制限されているが、それを最大活用できないのは方針制約のせいだという考え方でした。

TP(Thinking Process:思考プロセス)のツールが全部出揃ったのは1990年でした。因果関係(結果-原因-結果)ツリーとクラウドは、5段階集中プロセス(5fs:5 Focusing Steps)より前からありましたが、今知られているそれ以外のツールはまだ無かったのです。また、CRT(Current Reality Tree:現状ツリー)の定義から、すべての望ましくない結果(UDE:Undesired-Effects)を引き起こす対立(クラウド)として中核問題(Core problem) という概念が提起されました。そして、その対立の背後にある基本的な仮定の正当性を覆して対立を解消することによって、組織のパフォーマンスは一段高い新たなレベルに押し上げられるものと考えられました。

ということは、中核問題が本当の制約?

この疑問はしばらく未解決のままでした。中核問題は、局所思考対全体思考の対立だけでなく、行動パターンにも及ぶもので、組織が市場に提供する価値の再評価にまで問題領域を拡げました。ひょっとしたら、中核問題という概念は、何故CCRを直ぐ強化せず、まず最大活用した後で強化するのかという、TOCの従来の考え方にさえ疑問を投げかけるかもしれません。

正直に言うと、80年代には、そういう疑問を我々は自問しなかったのです。

90年代に入って、ゴールドラット博士は、間違った方針を「方針制約」と呼んだことを後悔して、間違った方針は排除すべきもので最大活用したり従属したりするものではないと、しばしば公の場で説明していました。

2003年頃バイアブルビジョン(VV:Viable Visionの登場とともに、TOCの考え方が大きく発展しました。能力制約を強化したり、方針制約の背後にある対立を崩したりしても、突然組織の業績が改善する道が開けることはありませんでした。そもそも、今現在組織が顧客に提供している価値に疑いをもって検証しつつ、より高いものに変えていかなければならないというTOCの知見は、「決定的な競争力(DCE:Decisive Competitive Edge)」という言葉で初めて自覚されたのです。ここで核になる考え方は、顧客にとって重要なニーズをどの競合にも真似できないように満たすことでした。

ゴールドラット博士は、VVでは制約が何なのかを気にしなかったのは一体なぜかを説明しつつ、異なる2つの方向性の変化について語りました。ひとつは、マイナス-マイナスの変化で、正しくないもの(マイナス)を見つけてそこを反対(マイナスのマイナス)に変えることで、もうひとつは、プラス-プラスの変化で、「金の入った壺」に向かって思いきって飛躍の一歩を踏み出すことです。そういう大きな一歩を踏み出すには、「レッドカーブ」に沿って成長する組織になるための十分条件をすべて入念に再考しなければなりません。そういうレベルで考えると、特定のリソースのキャパシティ不足を解消する必要性なぞは些細なことです。その他の潜在的な制約の多くは、実際に制約になるずっと前に強化されて消えてしまっているはずです。

どうですか、参考になりましたか?

 


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著者: エリ・シュラーゲンハイム
飽くなき挑戦心こそが私の人生をより興味深いものにしてくれます。私は組織が不確実性を無視しているのを見ると心配でたまりませんし、またそのようなリーダーに盲目的に従っている人々を理解することができません。

この記事の原文: A concise history of constraints

全ての記事: http://japan-toc-association.org/blog/

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