【ブログVol.97】医療における共通の対立とその深刻な結果

生と死、そしてお金を扱う上での共通の難しい対立があり、医療機関の経営は非常に困難です。対立で感情が激しくかき乱されて、オープンで筋の通った議論がほとんどできなくなるほどです。そういう状態では事態が悪化するばかりです。

ゴールドラット博士は、経営者とマネージャーは、複雑性不確実性対立という3つの重大な恐怖に支配されていると言いました。マネージャーと経営者(指導者)は、結局この領域への対処能力で評価されるのです。

エルサレムにあるイスラエルのHadassah病院の危機は、医療全般の運営、特に病院の経営における人間的側面全体に大きな関心を呼び起こしました。その危機は、病院の経営者が小児患者の治療水準を落とすよう強いているとして、Hadassah病院の小児血液腫瘍科の上級医6名と若手医師3名が全員退職したときピークに達しました。彼らの考えは、エルサレムの別の病院に彼らが思う部門を新設することでした。その集団辞職は、病院の小児患者とその親、病院自身、さらに政府にとって大きな問題になったのです。そして、この動きが手本になって、他の専門部門でも、部門全体で別の病院に移ると脅して、予算の増額を要求する動きが出るのではないかという不安が、他の病院にも広がりました。しかし、小児患者の親たちは、それらの医師に全幅の信頼を寄せていたので、自分の子供を十分な治療を継続できない状態にして去ったにも関わらず、彼らを支持しました。ところが、政府と最高裁判所は、その部門を別の病院に設ける動きを禁じました。今やその危機を解消する方法はありません! 今イスラエルでは、小児癌の専門医9名が居なくなり、ある第一級の病院が信用を大きく失墜しました。イスラエルは小国である上に、それは非常に狭い専門分野なので、その9名の医師で国全体の医療キャパの約15%を占めているのです。ですから、その結果は、起き得る最悪の結末です。

ここに挙げた危機も、実は、世界中あらゆる医療機関に存在する共通の重大な対立にうまく対処できなかった直接の結果です。それは普遍的に解決するのが難しい対立なのです。たとえそうでも、経営者は、そういうダメージを被らないように対立に対処する義務があります。

医療の根本問題は、次の2つの必要条件を満たそうとする間で起きる可能性が高い対立です:

  1. 必要な時いつでも最高の医療を受けられるという、すべての人間の権利を守る
  2. 全市民によい治療ができるインフラと能力を提供する。

最初の条件は、ヒポクラテスの誓いが示唆した倫理を表わすものです。 これは医師すべての基本的な責務です。

2つ目は、すべての適格患者を同時に治療するに必要なインフラスを構築し維持するという、政府とすべての病院経営者の義務です。すべての医師が、目下治療中の患者それぞれに良いものを探す一方で、経営者は、どんな方法をどの患者に使ってよいか決めるのです。しかも、ほとんどの国がこの決定を厳しく規制しています。

TOCには対立を表現するツールがありますが、それは同時に対立の解決を助ける方法でもあります。ゴールドラット博士は、どんな対立でも妥協せず解決できると主張しました。因みに、妥協の実際の意味は、両方の必要条件が部分的にしか満たされないということです。それに対するTOCのツールは「クラウド」と呼ばれ、対立の背後の因果関係を調べて、裏にある1つ以上の仮定を覆す糸口を掴んで、両方の必要条件を完全に満たすことで対立を解消するのが目的のものです。

次の図は、医療に共通したクラウドを私なりに表現したものです。

対立は相反する行動から始まり、それらの行動は各々が支持する必要条件を満たすための前提条件であり、双方共通の目標を果たすには両方の必要条件が同時に満たされなければならないのです。

個人に最良の治療を施すことと社会に広く手段を提供することの間の衝突は、医療業務のあらゆるレベルに存在します。非常に豊かな患者なら必要なものは何でも手に入る一方で、社会の大半は超満員状態で苦しんでいます。一般的に言うなら、すべての人間を健康にする必要性を満たすには2つのやり方があります。

  1. 政府が、国民の健康管理に責任を負う。
  2. 医療保険が、すべての個人に各自が必要とする治療を受けられる手段を提供する。

両方の方法を組み合わせるのが普通の考え方です。政府は、保険に加入する余裕がない人々に資金を融資する保険会社をサポートし、規制を遵守させます。

上記のクラウドに示した2つの行動の間の一般的な対立は、医師個人または医師の集団が、意図的に経営者の指示を逸脱したとき起きるもので、時には反乱に至ることさえあります。この逸脱は、公式な指示を超えたことが求められる特別なときに発生します。それらの行為は、ヒポクラテスの誓いの普遍的な倫理に従ったものなので、通常の法的措置で収めるのは容易ではありません。これは医療運営に固有な難しさの本質です。

ここで取り上げたHadassah病院のケースでは、現場の医師にしたら医療を損なう行為に思える経営陣の2つの行為が対立の核心でした。一つは、病院が「メディカル・ツーリズム」を呼込もうと熱心だったことです。高額の治療費を払う他国の患者を呼込もうとしたのです。問題は、患者すべてによい治療をするに必要なベッドと医療スタッフのキャパが、その部門には不十分なことです。もう一つは、全体的にベッドの需要が低い成人部門に何人か子供を移すという経営判断でした。

個人と公共の福祉の間の対立のほとんどは、すべての需要に応えられるだけのキャパが十分にないリソースが制約になって発生します。でも、公営の医療機関すべての究極の制約予算です。実際、どの非営利団体も、究極の制約は予算なのです。予算が十分でないと、全体の要になるリソースの中には、キャパに制限されるものがいくつか出てきます。その中でも全体としての価値の流れを最終的に制限している一つのリソースが制約なのだから、そのパフォーマンスを最大限に活用しようというのが、制約理論(TOC)で最も重要な洞察の1つです。因みに、病院で最も一般的な制約は「ベッド」不足だと言われています。実は、ベッド自体が制約になることはそう多くないのですが、病院の設備とスタッフは、患者がベッドに横たわっている間ずっと患者を治療し管理しないといけないのです。普通は、予算の制限から決まる本当の制約リソースは明確には特定できません。可能性の高いのは、医師、ほとんどは夜勤の若手医師か、所属部門の患者全員の世話をしないといけない看護師ではないでしょうか。治療水準の低下は、各々キャパが足りない複数のリソースの相互作用による直接的結果です。ですから、Hadassah病院の小児癌部門のクリティカルなリソースの微妙なバランスが壊されるという恐怖が、病院の経営陣に対する反乱の原因だったというのは筋が通っています。Alex Knight氏やその考えに従った人々がやってきたように、バッファ管理に基づいた単一の優先順位を導入すれば、全体の状態は大幅に改善しますが、上記の共通の対立は完全には解消しません。

因みに、バッファ管理を用いて上位レベルで全体予算を管理するというのは、解決の方向性として有望なソリューションで、予算バッファへのトータルの食込みが深くなりすぎない限り、個々人の予算が全体予算をある程度食込んでも許容できます。この方向性は、患者とその権利の詳細に関する一般的な規制を厳格に守って予算と手段を考えないとダメだという、対立の背後に隠れた前提条件への挑戦です。そこでは、規制の厳格な遵守が、予算に残った余裕に基づいたより柔軟な運用に置換わります。ですから、全体としての状態が満足である限り、ルールからのある程度の逸脱は許容できるのです。つまり、走りながら予算を評価するのです。しかし、全体としてのコントロールを維持すると同時に、医師全員の協力を確保するには、具体的なソリューションの詳細を慎重に設計しないといけません。

全体に渡る対立が無くならない限り、現場レベルの実務上の対立は、個別の解決策または許容可能な妥協点を見つけて何とかするしかありません。とにかく、対立を部門全体が崩壊するような危機に発展させてはなりません。しかし、双方のエゴの対立になっては、全く同じ事になるのは避けられません。

ここで述べた医療の一般的な対立は、人命を救う立場の多くの部門に予算を割り振らないとならない政府の、もっと一般的な対立の本の一部に過ぎません。防衛省、警察、運輸省はすべて、無用な死を避けるための予算を確保しておかないといけないのです。

それにしても、次の質問は微妙で答えるのは気が重い:

人一人の命を救うのに公的予算をいくら費やすべきか?

私のMBAの指導教官だったZvi Adar教授は、問題の大きさを示そうと、私たちに単刀直入に上記の質問の答えを訊ねました。Adar教授は、経済学者だったのですが、生死を扱う様々な政府機関が実際行った行動をチェックする中で、人命を救うに費やした金額に非常に大きなギャップがあるのが分かったと学生たちに話しました。同じ人の命を救うのにある政府機関が他の機関の5倍もの資金を使うという、そのギャップの大きさは、ここで述べている共通の対立に面と向かって対処してこなかった結果です。私が思うには、次の図に示した精神的に重い対立からの逃避が、リーダーである経営者の重大な対立です:

どうか読者の皆さん、対立の裏にある隠れた前提条件を暴き出して、少なくともその1つを覆して、ここで挙げた2つの重大な対立に普遍的な解を見つけ出してください。それぞれ、私たちが人生をどう過ごすか、そして、組織と国をどう運営するかに、大きな影響を及ぼします。


著者:エリ・シュラーゲンハイム
飽くなき挑戦心こそが私の人生をより興味深いものにしてくれます。私は組織が不確実性を無視しているのを見ると心配でたまりませんし、またそのようなリーダーに盲目的に従っている人々を理解することができません。

この記事の原文: The generic conflict in healthcare and its severe consequences

全ての記事: http://japan-toc-association.org/blog/